タヒチ&イースター島 ('05.7.12〜23)

7日目(7月18日) 〜その1〜 晴れのち曇り、時々にわか雨

AM1:00。定刻通りに飛行機は離陸。タヒチから4000kmを約5時間で飛行する。

イースター島への空路はランチリ航空のみが独占運航。チリ本土のサンチアゴ−イースター島−タヒチ(パペーテ)を往復するルートでそれぞれ週2便ずつ(’06.1月〜2月はサンチアゴ発着便は増便)。たった週2便しかないのだから大きな機体を使用すればいいのに、座席配置は2−3−2と中型レベル・・・おかげでチケット入手が困難になり値段が上がるのかも・・・(-_-;)

機内に入ってみたら機内温度はかなり低め。。。常夏のタヒチと同じ格好で乗り込むと大変なことになる!寒がりの私は事前にこの情報を得ていたので、上着とストールを手荷物の中に用意していたので大丈夫だったけど(^_^)v、もし知らずに乗り込んでいたら毛布を数枚もらう羽目になっていたかも・・・。

他にもネットで事前入手していた大切な情報がもうひとつ。

機内では離陸後すぐにサンドイッチが配られ、更に到着前に朝食のサービスがあるらしい。たった5時間の間に2回も食事サービスがあったら寝る暇がない!・・・ってコトで、最初に配られたクロワッサンサンドは食べずに「お持ち帰り」にしてサッサと就寝・・・zzz

空路は揺れは全く無く、数時間後に朝食準備のガタガタいう音で目が覚める。朝食のメインは「チーズのパイ包み焼き」。他にマフィンとパン・・・全部同じような穀物系のメニュー。しかも、どれもあまり美味しくないし・・・(-_-;)

AM10:00。定刻より15分ほど早くイースター島マタベリ空港に到着。着陸直前、島の海岸沿いに数々のモアイ像が見えていた。

 イースター島 (Easter Island)
巨大な石の像「モアイ」がある神秘の島。太平洋のポリネシアに位置するイースター島は、南米チリから3800km、タヒチからは4000km、最も近い「人間が住む島」までは1900kmと、まさに絶海の孤島。「イースター島」という島名は、1772年のイースターの日にこの島を発見したオランダ人が名付けたもの。島民はこの島のことを「ラパヌイ Rapa Nuui (大きな島)」または「テ・ピト・オ・テ・ヘヌア Te Pito O Te Henua(地球のヘソ)」と呼ぶ。この島を世界的に有名にしたのは1000体を数えるモアイ像。大きな物では20mを超えるモアイ像は、何のために作られたのか?どうやって運ばれたのか?そのほとんどが謎に包まれたまま。考古学者達が提唱する諸説も仮説に過ぎず、その神秘性がますます島を魅力的にしている。島の面積の42%が「ラパヌイ国立公園」に指定されており、1995年にユネスコ世界遺産に登録された。

乗ってきた機体はこのままチリ・サンチアゴへ向かうので、イースター島へ入国する人とチリ本土へ向かう人と2組に分かれた。イースター島をただの乗り継ぎ地にするなんてもったいないわぁ〜・・・。でも、週2便しか飛んでないから、コレを逃すと数日後までチリへの飛行機は無いんだよね。。。(^_^;) 我が家はイースター島入国の列に並んだが、列がなかなか進まない・・・。入国チェックの窓口が空港建物の入り口ギリギリにあるので、入国待ちの列は屋外にまで伸びていた。雨が降っていたらどうするんだろう???

順番待ちの列に並んでいる最中にスペイン語、英語、ラパヌイ語の3段に書かれた看板が目に入った。

実は、飛行機が空港に着陸したあと何故かすぐには飛行機から降りられなかった。空港係員が乗り込んできて何やらスプレーを撒いたあとにやっと飛行機から降ろされたのだが、その理由がこの看板に書かれていた。看板の文章を全てを読みとれた訳ではないが、要約すると 「イースター島は他の大陸からは完全に隔離された環境の為、病原菌を持ち込まないように!」 ・・・かつてヨーロッパ人が持ってきた病原菌が、免疫力のない島の人達の大量の命を奪った・・・という話もあるので、その為のスプレー噴霧であり、入国審査が長いのも荷物チェックにかなりの時間をかけているからだった。

でも、我が家の入国審査は何も聞かれることなくあっという間で、荷物チェックも厳しいという感じでは無かった。入国ゲートの先はかなり大雑把な空間で(^_^;)、ベルトコンベアーなんかは無くてスーツケースは地べたにそのまま放置・・・。まぁ、これくらいは南の島の離島で経験済みだが、驚いたことに、この空港には入国者と送迎者とを区別する扉がなく、誰でも出入り自由な状態になっていた。現地ツアー会社の人や島内の宿の客引きの人がウジャウジャしていてある意味無法地帯・・・。そんな中で自分の荷物を無事に見付けた時は本当にホッとした(^_^;)

その後、我が家の名前が書かれたプレートを持った英語カタコトの現地人の運転手さんにマイクロバスに案内されホテルへ移動(この瞬間から3日間、日本語を話す人との接点は全く無くなる・・・(^_^;))。同乗していた白人観光客を途中で降ろしたあと、我が家の宿泊先・カバニャス・バイ・モアナに到着。運転手さんは「3 o'clock here. American Dale(←人名) come.」 と言い残し去っていった。運転手さんの英語力は私とほぼ同じレベルだ(笑)。

AM11:20。運転手さんは去ってしまったので、自力でチェックインしなくてはならない。

先に到着していた人がちょうどチェックインの最中だったので、隣にくっついて様子を伺っていたがどうやらフランス語・・・。応対していた従業員は現地人ではなく白人青年だった。奥からオーナー婦人(←現地人)と思われる女性が出てきて「フレッシュマンゴージュースよ♪」とウェルカムドリンクを渡され我が家の順番。まず白人青年から「フランス語?」と聞かれたので、慌てて「英語で!」とお願いする。お兄さんの英語は聞き取れるレベルの英語だったので一安心。でも、チェックインは名前を聞かれ鍵を渡されただけで終了した(^_^;)。すぐにオーナーの息子さんらしき人に部屋まで案内してもらったが、鍵には部屋番号等の記載が無いし、部屋の壁にも何も書かれていない・・・。ココって何号室?外から帰ってきた時は何て言ったら鍵がもらえるんだろう???と思いつつも、まぁ、なんとかなるだろう〜と、深くは追求しないことにする(笑)。

さて・・・午後の観光出発時間はPM3:00。3時間ほど時間があるので、とりあえず極度の睡眠不足状態の私は昼寝をすることにした(笑)。いつもならshinjiも一緒に昼寝しそうなものだけど、私よりもイースター島への思い入れが強いshinjiは庭から見えるモアイ像に気持ちを抑えられないらしく、たいした地図も持っていないのにひとりで出掛けて行ってしまった。そんなに治安の悪い土地ではないので大丈夫だろう・・・と、私は一眠り zzz

PM1:30。ホテルから見える「タハイ遺跡」で1時間以上も過ごしたshinjiが部屋に戻ってきた。

「スゴイよ〜!かなりデカイ!!何もせずに眺めていたくなる!!!」と感動の言葉を並べられ、私も「じゃぁ、行ってみるか。」と、shinjiの案内で出掛けてみることにした。ホテルから徒歩10分ほどの距離にある「タハイ遺跡」は、ハンガロア村から歩いて見に行くことの出来る唯一のモアイ像。

その場に到着するまで私は、「世界遺産だからきっと周囲は高い壁で覆われていて、厳しい荷物チェックとかもあるんだろうなぁ〜。」と想像していた。・・・しかし、実際は壁どころか柵すらも無く、入り口ゲートらしき建物も無く、広大な草原の先にポツンと何かが建っている・・・と言う感じだった。

(タハイ遺跡のモアイ像についての詳細は後述)

広い草原の中、蒼い海を背景にして立つモアイ像。。。「いつか見てみたい!」とずっと思い続けていたけど、まさか生きている間に見られる日が来るとは思っていなかったので、実際に目の前にしてもなんとなく信じられず現実味が無かった。。。「感動」とか「興奮」とかではなく、モアイとその周囲の空間に圧倒される感じ・・・。表現する言葉は見付からなかった。

村から一番近いモアイ像なのに訪れている人は全く居なくて、ウロウロしていた犬と我が家の貸し切り状態。ひろ〜い広場の真ん中に座り、機内でもらっておいたサンドイッチで軽い昼食を摂る。食べ物の気配を感じて犬がやってきた。モアイ像を眺めながらパンを頬ばるなんて、ものすごい贅沢〜(*^_^*) 1時間ほどタハイ遺跡で過ごしてホテルへ戻り、集合時間を待った。

PM3:00。レセプション脇で待っていたらすぐに大きなバスがやってきた。・・・が、イースター島ではメジャーな「キアコエツアー」のお迎えだった(^_^;)。

我が家が参加するツアーは「MAHINATUR (マヒナツアー)」というマイナーな会社。キアコエツアーは日本語ガイドがあるらしいが、 マヒナツアーには日本語ガイドは無い(^_^;)。でも、その分(数万円!)安いのだ(笑)。

・・・で、待つこと10分・・・。お迎えが来る気配がない。「もしや忘れられてる?日本の旅行会社からツアーの予約の連絡が来ていないとか?」などと色々と考えが巡る。でも、連絡したくてもマヒナツアーの連絡先は聞いてないし、レセプションに従業員は居るがこの状況を英語で説明するのは結構難しい・・・(>_<)

すると、ウロウロしている我が家を見かねてオーナー(←現地人)が声を掛けて来た。スペイン語訛りの英語で、聞き慣れていないのでヒアリングがちょっと苦しかったが、「ツアー会社に電話してあげるよ。」と言って電話をかけてくれたらしく、「もう出発しているので、もう少し待っていて。」とのことだった。やっぱり外人は日本人と違って優しいわぁ♪親切にありがとうございます〜m(_ _)m

ついでに「Dinnerはココで食べる?外で食べる?」と聞かれた。初日の疲れもあるし、ホテルから街までちょっとあるようなので今夜はホテルで食べることにした。「じゃあ、PM7:00にココに来てね。」と言われた。なんで時間指定なんだ???

PM3:15。お迎えのバスが到着。キアコエツアーは大型バスだったが、こちらはマイクロバス(^_^;)

降りてきたのは運転手さんが言っていた通りアメリカ人のDale氏。いきなり、日本人は慣れ親しめない習慣「ハグ (hug) 」で挨拶された(笑)。 バスの中には既にメンバーが乗っていたので、我が家のホテルが最後のお迎え先らしい。車内はとても国際色豊か♪アメリカ人ガイドDale氏、運転手は現地人、観光客は日本人の我が家、ひとり旅のハンガリー人のおじさん、そしてやんちゃな双子の男の子とその上のかわいいお姉ちゃんを連れた(たぶん)スペイン人の5人家族。・・・以上。キアコエツアーとはかなり規模が違うが(^_^;)、とてもアットホームな感じのツアーになりそう♪

Daleは我が家とハンガリー人のおじさんには英語で、スペイン人一家にはスペイン語で同じコトを説明するので、結構大変そうだった。私の耳は日本の英語教育のおかげで完全に「アメリカ英語用」の耳なのだが(^_^;)、運良く今回のツアーはアメリカ人のDaleが担当なのでなんとかなりそうだ(^_^)v これが現地人の英語ガイドとかだったら結構キツかったかも・・・。ちなみにDaleのスペイン語は時々スペイン家族のお姉ちゃんに訂正されていた(笑)。そんなDaleの説明によると、今日と最終日はこのメンバーで観光するが、明日のFull day Tour(1日ツアー)はメンバーが追加されるらしい。更に何処の国の人が追加になるのか?ちょっと興味がある。

続いて本日の観光ルート発表!ガイドブックにはよく王道ルートみたいなモノが載っていて、通常、初日は島の南西にある鳥人儀式のために造られた村の跡「オロンゴ儀式村」へ行くのが定番のようだが、マヒナツアーは少人数なだけに融通が利くのかちょっと変わったルートだった。まずは、先程我が家が散歩してきた「タハイ遺跡」へ行き、その後「アフ・アキビ」「プナ・パウ」と巡り帰ってくる予定。(3日間の観光ルートは、実はDaleが自分で熟考の上決めた素晴らしいルートであることが最終日の別れ際に判明する。)

まずは、村から一番近いモアイ像のある「タハイ遺跡」へ向かって出発 (^_^)/